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部屋とアジャイルと私(仮称)

前略。あらゆることの仕組みが複雑化し、テクノロジーに人間が翻弄すらされている今日、ソフトウェア開発に携わるエンジニアの"はしくれ"として、世の中に提供すべき本当の価値を日々迷走中。。。

SIの中で働き続ける理由

東名高速インターの近く、日本で最も交通量が多く渋滞するという噂の、国道16号と国道246号の交差点。元々246側は陸橋となっていたのだが、この度16号側がその上を走るというクロス陸橋化の工事が完成した。結果として10年以上もの工期を要したらしい。実は自分が生まれる前からこの工事には着工していたという噂もあるが、それを除いたとしても、これはとんでもない話。細かい事情は分からないが、建築業界でもこういうことはあるんだ。しかしよくヤリきったな、と思う。これがSI(システム・インテグレーションの略、これを行う会社をSIerと呼んだりする)なら元請けが何回もぶっ飛ぶレベルではなかろうか。

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 私がSIの中で働き続ける理由

このブログのタイトルにもある「私」。その私自身の考えとか、価値観とか、なんでSI業界の中に身を置き続けるのか、とかについて今まであまり語ってこなかったので、今回はその辺をザックリ書いてみようと思う。一人称は徐々に「私」から「自分」に戻ります^^;

SIから離れるが、個人的に昔から強く思うことがある。それは『人の可能性は無限大』ということ。この可能性を活かすも殺すも本人次第であり、加えてそれは環境次第でもある、と常々思っている。私の経験上、SIのコアであるソフトウェア開発は"人"の可能性が仕事の面白さに直結する仕事そのものなのである。

冒頭雑談にあった建築業界のように成熟した産業と比較してみると、SI業界のように若い産業(日本で言えば4,50年ぐらいか…)の方が、未成熟であるがゆえ、道具や手法よりも「人」に依存する面が強く出やすい。加えて、ソフトウェア開発の原価がほとんど人件費であることから、SIは「人」が最重要リソースとなる産業構造であるといえる。この業界では「人月」という単位で(1人のエンジニアが1か月150時間働いたアウトプットが1人月)仕事の量を測り見積もりを行ったりするのであるが、この1人月で出来上がる量(そして質)が、個人個人の経験やスキルにとても依存する。しかも一番強く影響するのは、実は、個人個人の「やる気」「柔軟さ」「楽しむ気持ち」といったマインド面であることを、自身の経験からも断言してよい。ただし、このことが真実だとしても、ソフトウェア開発をおこなうSIer(ベンダー)の立場としては大きい声では言えない事情がある。お客様から仕事を請ける以上、うちの開発者の「やる気」が低いと満足なソフトウェアをご提供できないかもしれません、なんて口が裂けても言えるはずがないからだ。

加えてこの21世紀、あらゆる企業は市場で勝ち抜いていくために試行錯誤を繰り返すが、業種業態問わず、如何にITを上手く利活用できるかが求められると言われる。つまり、企業は今後もITにお金を費やし続けるということを表し、一部の内製化は更に進んだとしても、企業のIT投資を受け止められるのは俗に言うSIerで居続ける可能性がとても高い。*1

 

世の中に必要とされるだけでなく、人の可能性を追求できる面白みのあるのがSI業界。だから自分は、明日も1年後も更にもっと先も、このSIの中で働き続けるだろう。

 

生きていくためには食い扶持を稼ぐ必要があり、どうせ仕事をしなければいけならば、ワクワクすることが多い方が毎日は楽しいし、モチベーションとかやりがいも得やすいだろうし、その方がプライベートでも自分らしくいられると思う。自分にとってSI業界「人の可能性」を感じられる仕事を通して、世の中に貢献できるとすれば最高ではないか。

 

このように思い至った背景を振り返り、以下、時系列でダラダラっと思い出してみた。

 

 社会人0年目

初めてWindows95マシンを購入したのは就職活動の時。会社案内を送ってもらう為にまだ山ほどのハガキを書きまくっていた時代。大学生らしく遊び呆けていた自分が、自身と初めて真剣に向き合い将来を考えたのが就職活動というタイミング。その頃の自分は面接で以下のようなことを言っていたようだ。当時のノートにメモが残っていた・・・

人の可能性は無限である。人と人が共同して何かを成し遂げようとする時、それは1+1が3にも4にも5にもなる可能性を秘めていると信じている。しかし、時として人と人は足を引っ張りあい、1+1が2以下になってしまうこともある。それが人と人だと認識している。自分は人と人の無限の可能性を具現化する仕事がしたい。

しかしまぁ、 なんと抽象的な・・・

これを自信満々な顔で面接官に語っていたことを思うと、恥ずかし過ぎる・・・

 

「人の可能性」を引き出す仕事がしたいという気持ちは、社会人0年目に芽生え始めたようだ。プログラミングの経験もない自分であったが、恐らく、雰囲気でソフトウェア開発に憧れ、気づいたらSIerに就職することになっていた。なんという結果オーライ。

 

 

 社会人3年目

社会人も3年目ともなると、大抵の事を経験してくる。入社してすぐは2000年問題対応だったし、納期前の徹夜とか普通だったし、会社の業務時間内に勉強できるノーアサインを指をくわえてみていたこともあった。最初は汎用機プログラマをやりながら、徐々に設計もやり、リーダー的な立場も経験しながら、気付いたら小さい保守プロジェクトのPM。見よう見まねの中でプロジェクトを回すものの、「ちょっとした違和感*2」が胸につっかえたまま毎日を過ごしているとき、たまたま本屋で手にした1冊の本『ピープルウエア』。衝撃を受けた。自分の違和感は間違っていない、と夜も寝れないほど興奮して何回も読み直したことを忘れもしない。

 

ピープルウエア 第2版 ? ヤル気こそプロジェクト成功の鍵

ピープルウエア 第2版 ? ヤル気こそプロジェクト成功の鍵

 

 当時トム・デマルコがどんだけ有名な人かさえも知らなかった。しかしこの本が、ソフトウェア開発におけるエンジニア、人にフォーカスして生産性やら創造性やらを語っていることは、ビンビン感じるものがあった。席レイアウトなど働きやすいオフィス環境の大切さ、集中している時に電話一本で割り込まれることの影響の大きさ、周囲がどんなに急かそうとも人の考えるスピードは上がらないこととか、思い当たる話ばかりだった。

 

この本をキッカケにデマルコや、ブルックス(人月の神話)、ワインバーグなどなど・・・20世紀後半のソフトウェア・エンジニアリングの名著を片っ端から読み漁った。社会人3年目、この『ピープルウエア』との出会いは後の自分に大きな影響を与えるきっかけであった*3

 

 

 社会人5〜10年目

プロジェクト・ファシリテーションというのをご存知だろうか? アジャイルに興味を持っている方であればその日本の第一人者である平鍋健児さんのことはご存知であろう。プロジェクト・ファシリテーションはその平鍋さんが提唱者であり、アジャイルという名前を使わずに、そのエッセンスをソフトウェア開発プロジェクトに取り入れるやり方を紹介していた。

- プロジェクトファシリテーションTOP

このプロジェクト・ファシリテーションに感銘を受け、人生で初めての社外イベントに参加したのもこの頃。そこで平鍋さん直接話すことができたことも、ソフトウェア開発において「人の可能性」をどうしたら活かせるかどうか悩んでいた自分が、アジャイル開発方向にググっと寄ることができたキッカケになった。

思い出した。このイベント、永和システムマネジメント社オブジェクト倶楽部ってところが主催していたのであるが、初めて参加した際に、勢いだけでライトニングトークスというのにも登壇してみたことも人との出会いを加速させた。「LT面白かったすよ」と立食懇親会でたくさんの人が話しかけてくれたあの体験は、社外との繋がりに目覚めたキッカケにもなった。自分と同じように、プロジェクト・ファシリテーションの裏にあったアジャイル開発の考え方に賛同する開発者がたくさんいることも心強かった。

 

プロジェクト・ファシリテーションを実開発プロジェクトで試してみてハマる。これが自分と『アジャイル開発』の出会いである。

 

Webないしは社外コミュニティでいろいろ知り、知ったら試してみたくなるので、実プロジェクトでメンバを巻き込んで、とにかく好き放題やっていた頃でもあった。

 

ザ・ファシリテーター

ザ・ファシリテーター

 

 ファシリテーションをスキルを学ぼうと思ったのは、この本が面白かったからだったと記憶している

 

 

 〜社会人15年目

日本においてもWebサービスに代表されるプロダクト系のソフトウェア開発はアジャイルが当たり前になってきたようだが、ちょうどこの頃の自分は3年間ほど大型ウォーターフォール案件の渦中で踠いていた。これは自分が経験した中で最も過酷なデスマーチプロジェクトであった。終わりの見えないトンネルに迷い込んだ感覚。課題は芋づる式でレビューは時間通り終わることなどなく、連日の深夜タクシーで身も心も疲弊し『アジャイル』なんて言葉自体すっかり忘れてしまっていた。少なくとも、その時の自分には瞬間最大風速200人以上の開発をウォーターフォール以外で進める発想はなかった。大規模SIの厳しい現状を改めて目の当りにし、いつしか「アジャイルなんて別世界の話」と信じて疑わないようになっていた。

 

さて、3年以上外の世界と接点を絶っていた自分が、久しぶりにシャバに出てみると、世の中の変わりように衝撃を受けまくった。経営側や情報システム部門クラウド利用に対する心理的抵抗感は随分無くなっていたし、企業によってはエンジニアを抱えて内製化を促進したり、エンドユーザー部門が直接ベンダに発注するプロジェクト形態も増えてきていた。何より一般消費者側の大変化として、急激なスマホ台頭に伴い目に見えて日常生活とITを切っても切れない関係が出来上がりつつあった。SNSを中心としたバイタルマーケティングが今までの常識を変えていた。Twitterで信じられない投稿が相次ぐバカッターに驚く大人の方が急速な変化に置いていかれているようにも思えた。SIという文脈に話を戻すと、企業側もITに対する意識が消費(コスト)から投資に向きつつあることが一番大きな変化であるといえよう。3年間でこれだけ世の中は変わってしまうのか・・・、この衝撃は今でも上手く言葉にできないが、世の中全体がかつての人類史上になかったスピードで革新し始めている、と言っても過言ではないだろう。*4

 

世の中から「置いていかれた」自分が、この危機感を乗り越えるには、とにかくとにかく行動してみるしかなかった。社外のイベントやコミュニティに行きまくったり、Webや本などで、情報収集しまくる。そういえばアジャイル開発って最近どうなんだろう?*5とカンファレンスに足を運ぶと、最近のアジャイルの話はどこも「スクラム」ばかり。そしてスクラム実践の声を集めていると、インド子会社のエンジニア達からたくさんの話を聞くことができ、英語をもっと自由に使いこなせると幅がグンと広げられることを身を以って実感。この頃だろうか、「SIオワコン」やら「SI終末論」というのがバズるのと共に、「ハイブリッド・アジャイル」やら「エンタープライズアジャイル」というキーワードを良く目にするようになってきたのは。

 

思い返せば2000年代初頭、アジャイルが最初に流行ったころから、自分も受託SIの中にアジャイルを取り入れようといろいろ工夫はしたものの、「契約の問題などなど日本の請負ビジネスモデルにアジャイルは馴染まないよね」というのが定説に自分も飲み込まれつつあった。しかし、皮肉なのか運命なのか、自分が3年に及ぶ大規模SIのデスマを経て分かったのは、SIのビジネスモデルに対する問題認識は業界全体に蔓延しているということであり、そのブレイクスルーを目指してエンプラ系の受託SIでアジャイルを再度取り込もうとする動きが本格化しつつあることを確信した。

 

ただし、いくらアジャイルの良さを叫ぼうとも、SIの請負というビジネスモデルが変わらない限り、本質的には変わらないのでは、という諦めに似た気持ちも正直あった。ところが、ソニックガーデン倉貫氏の取り組みを知り、もう既に日本のSIも少しづつ変わり始めていることに驚愕する。

もうこれは、ウカウカしていられない!!!! 

 

 

  

 〜現在

世の中の動きとSIの現場を見ながら、今の日本のSIにおける請負型ビジネスを変えようとしても、発注側と受注側でこのビジネスモデルが成り立っている限りは、簡単に変わる訳がない。ひとつ言えるのは、日本の中だけを見てても変わらないということ。今こそ、日本企業が世界で勝ち抜くためのIT利活用・ソフトウェア開発を、模索し直す時期に来たのだろう。

 

日本のソフトウェア開発、特にエンプラ系SIの文脈において、業種業界問わず日本企業が世界と戦うために身に着けるべき武器は、IT以外に何があろうか?

 

日本の請負ビジネスモデルにアジャイルは適さないって話に関連して、日本の外注SIと、アメリカの内製化を比べる話をよく耳にする。日本とアメリカを一括りにすることで、なんとなくそれっぽい話に聞こえるが、この問題はとても複雑で根は深い。よく耳にする話として、ウォーターフォール vs アジャイルという構図や、日本のSI産業とアメリカの内製化を直接比較して、だから日本からはITイノベーションは起きないんだ、とか「ちょっと待って」と言いたくなる話がWebのコラムに多々散見される。問題の根が深いだけに、あまり抽象化してしまうと本質が見えなくなってしまうようなイメージ。このことにより自分の身の回りでも、立場や文脈によって捉え方や言葉の使い方が異なるところで、例えば「アジャイル」のような言葉が出てくると、急に会話が噛み合わなくなってしまうようなケースも増えた。

 

問題の根っこを掘り下げようとすると、ウォーターフォール vs アジャイルの話は、そういう対立軸が分かりやすいことは認識した上で、ナンセンスでしょう。日本 vs 欧米のソフトウェア開発の話も、内製が進んでいる度合いとか傾向の違いがあることは認識した上で、議論の皮切りにはなるが、解決策にはまだたどり着かないでしょう。日本と諸外国を比較する場合、日本のソフトウェア開発(もちろん受託SIを含む)における人の生産性をどうとらえるか、良くある開発プロセスの特徴や、技術レベルの本当の違いに目を向けた方が、日本のSIにおける請負ビジネスモデルを変える突破口が見つかりそうな気がする。ただし、自分の知る限りここの情報量が圧倒的に少なすぎる。。。

 

 

貴重な情報のひとつとして上記blogは、良くチェックしている。著者の牛尾氏のように英語を使ってのソフトウェア開発に携わる現場に身を置くのはとても素晴らしいこと。日本の文化・慣習レベルでのもっと知るべき点が自分にはありそうだ。なぜならば、日本のソフトウェア開発(特に受託SI)が抱える課題は、日本文化や日本人の特徴に繋がる気がするからだ。 日本のSIが変わるカギは、我々自身が握っているということではなかろうか。

 

 

 まとめ(SIの中で何を目指すか)

ダラダラと時系列に今までのことを書いてきた。自分はSIという産業でしかまともに働いたことがないと言えばそれまでだが、顧客ビジネスの課題をITを使って解決する受託SIが好きなことは間違いない。これが天職だなんて思ったことは一度も無い。でも忘れられない達成感は多々ある。自分の数少ないプロジェクトの経験からの話だが、より良いソフトウェアを開発しようとすることは開発に携わる『人の可能性』を追求することに繋がるし、ビジネスで求められるシステムやソフトウェアの要求を開発しようとすることは、特にユーザー側の『人の可能性』を追求することにも繋がる。そして受託SIだからこそ、契約書面に記載できないような発注側と受託側のコラボが生まれることも珍しくはない。ありふれた言葉で言えば、受託SIはWin-Winを身を以て体験できるという感じ。まぁ、その分、苦しい時は相当苦しいし、人が居てはいけないようなデスマーチも珍しくない訳だが。

 

ここ数年、アジャイルコミュニティとは関係ない業界団体*6にも出入りさせてもらいながら、日本を代表するような超大手企業(ユーザー側)のSIに対する課題認識、日本の大手SIer(ベンダー側)の課題認識をそれぞれ見聞きしていると、注目ポイントにズレがあったり、認識GAPも多いにあるのが現状。エンタープライズ分野のSIから、サービサーや新興ITベンチャーに開発者が流れている危機感を認識していない人も意外に多いようだ。いずれにせよ、業界根本の課題として認識し、次のSIの形(答えはひとつではないだろう)を模索する動きは枚挙にいとまは無く、エンタープライズアジャイルはそのひとつに過ぎない。

 

ということで、自分はこの受託SIという世界に身を置きながら、日本企業がもっと上手にITをビジネスに利活用し、日本経済復活の一翼をITで担う側でいたい。ビジネスモデルも大事だが、それと同じぐらい『人の無限の可能性』を引き出せるソフトウェア開発の模索も大事だと思っていてで、自分はその両方を実践し続けていきたい。*7

 


 

 あとがき

当記事を書いている最中にUPされた素晴らしいと感じた記事。前記事のde:code講演音声も聞かせていただいたが、かなり本質的かつ具体的な話になってきている。 

終盤の「"人"を信じて"人"の能力を最大限に引き出し、そして育んでいこうとする」点は自分の理解にとても近く、自分自身が大切にしたい価値観と通ずるものがある。是非、近いうちに自分の意見を記事に起こしたいものだ。

 

 

【更新履歴】

   2016/6/27 誤字脱字修正、読みにくい表現修正

 

*1:グローバル規模でSIerの競争は更に熾烈になる意味も包含した上で

*2:*別記事で改めて書いてみます

*3:この頃はダニエル・ピンクの「モチベーション3.0」なんて当然知らない・・・

*4:この3年間の後、業務上はSIの現場から少し離れて組織プロセス改善を行うのであるが、これもまた別に書いてみたい

*5:この当時携わったCMMIの最新版はアジャイルに対応していたようだ

*6:JI●AとかJU●Sとか・・・

*7:アジャイルは手段のひとつ。ヒントは山ほどあるだろうが、こだわり過ぎるとダメ!!